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SAURUS公式アカウント 一匹の魚とどう関わるか DM、コメントには返信できませんのでご了承下さい。
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JFLCCに出店する「Herd Plug CAFE」さんのブースで トートバックも販売予定です。! /hardplugcafe LサイズはB4サイズがゆったり入る大きさのマチありトートバッグなので、メインバッグとしてはもちろん、エコバッグにもなります。持ち手が長いので肩掛け可能。アンティークゴールドのボタン付き。 素材 コットン100% 12オンス 厚みについて 本体サイズ 立体:約W290xH380xD130mm(船底) 持ち手サイズ 約W30xL550mm 容量 約14リッター Sサイズはマチありミニトートバッグでランチバッグや、ちょっとしたお出かけやペットのお散歩バッグなど。アンティークゴールドのボタン付き。 素材 コットン100% 12オンス 本体サイズ 立体:約W200xH200xD100mm(船底) 持ち手サイズ 約W25xL290mm 容量 約4リッター
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4 months ago
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JFLCCに出店する「Herd Plug CAFE」さんのブースで Tシャツを販売します! /hardplugcafe 2026年1月18日に開催される「第45回JFLCCアンティークタックル&ビルダーズショーin東京」に関するお知らせです。 開催日時: 2026年1月18日(日) 午前11時00分から午後16時 (開催時間が変更されています) 場所: 東京都立産業貿易センター台東館7F 入場料: 1000円 (中学生以下無料、記念品付き) 入場整理券: 当日09:00~10:15に産業貿易センター台東館前(屋外)で配布されます。
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4 months ago
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「釣りは芸術(アート)である。」 そんなことは彼しか言えない。彼だからこそ断言できるのだ。 「アートは反自然的な行為である。」 「であるからルアーは自然の分泌物から遠いデザインとカラーでなければならない。」 「つまり、ベイトから離れるほどその芸術性は高い」 「たとえばダーデビルの赤白スプーン。自然のエサには赤白は存在しない。」 「ルアー釣りは受動的なエサ釣りとは根本が違う。同じ場所で粘って釣るのはエサ釣りの発想である。ルアー釣りはだから能動的に積極的に魚のいる場所を探さなくてはならぬ」 「待って釣る釣り方は、それだけで反芸術である。つまりそれは思想が漁であって、誇りあるアマチュアのゲームフィッシャーのするべきことではない。」 だんだんと彼の言うことが僕の体にボディーブローのように効いてくる。じわじわと頭が染み込むように洗脳されていくのが自分でも判る。 ただでさえ相手は大作家。有名な小説家である。それだけで僕は彼に射竦められていた。そして彼の哲学と真理と叡智が、僕を釣り人としてだけでなく人としての人格までも決定的に変えていくことになった。学生生活をこのまま続けていてもいいのか・・・・・。 その彼が村杉小屋に住んで作家活動に専念する、と人から聞いた。事実、別棟に中二階を建てそれにあてたようだった。 彼が銀山湖に移住してから、なぜか彼と会うことはなかった。世間との関係を断ち切ったのだろうか。 彼が銀山湖に住んでいる。それだけで、なおのこと銀山湖はミステリアスな大イワナの伝説の湖となっていく。そのことは、とりもなおさず日本のルアーフィッシングのプロローグとなっていった。それくらい彼の存在と影響は大きかった。 釣りを知的な趣味のひとつとして、魂を揺さぶられるほどの感動的な遊びとして、一般のひとに認知させた男をそれ以前も以後も僕は知らない。 彼が作家活動を銀山湖でするようになってほとんど彼と会うことがなくなった。たまに顔を見ても挨拶程度だった。 元気がない。顔色が悪い。銀山湖にエネルギーを吸い取られてしまったのか。 これは後から聞いた話しだけれど、彼は銀山湖滞在中、一枚の原稿も書けなかったらしい。だから元気がなかったのか。そんなに逼塞していたのか。逆に大作家だからこそそうなのか・・・・・。 その日も朝から雨が降っていて、昼頃にはドシャ降りになった。さすがに釣りを続けることが出来ず、宿に戻って仲間と囲炉裏の前で密造のドブロクをやり始めた。ツマミは漬物や山菜、塩クジラ。相変わらずであるけれど言うことなしである。 仲間と盛り上がっていた。 その時、ひょっこり彼が顔を出した。 そのまま彼は僕の前に座り、一緒にドブロクを飲みはじめた。 その頃になると、この大作家の前で、苦手ではあったけれど、そんなに緊張しなくなっていた。 ドブロクがなくなった。 「ノリくん部屋に行って焼酎を持ってきてくれ」 僕は何の抵抗もなく彼の部屋へ行った。 彼の仕事部屋を初めて見た。 そこは万年床が敷いてあって座卓。資料や原稿用紙が散乱している。まさに絵に書いたような小説家の仕事部屋だった。 書き捨てられた原稿用紙には独特の丸っこい字で文章の断片が書いてある。それはいまでもはっきりと思い出すことができる。 「汚れたビデ・・・・・」「腐りかけた夕日・・・・・」 ああそうなのだ。この何の脈絡もないようなこの一言が彼によって命を与えられひとつひとつが別々に動き出すのだ。まさに開高節の原点を見た思いがした。 後で、村杉小屋のオヤジ佐藤さんが言った。 「ノリさん、後にも先にも、先生の部屋に入ったのはアンタ以外にいない。」 「自分は釣りに救われた。」 そんな意味のことをこの小説家は言った。 ベトナム戦争に従軍したときのノンフィクションは彼の生涯にわたる文学の源泉だと思うし、次の「フィッシュオン」は釣魚紀行という形をしたノンフィクションの名作で、つぎの「オーパ」「オーパ、オーパ」へと続く。 釣りに救われた・・・・・。 それは伸吟の果ての本音だったのか。 僕を仲間として認めてくれたのか。 そのことを聞いてなぜか僕はうれしかった。 そのひと言で彼が急に身近に感じられた。 一七歳年上の大作家であるけれど、釣りはヘタだけれど息子のような僕たちに対して平気でそんなことが言える。そんな人間性に僕は惹かれていく。あの強烈な猥談の男は誰だったのか・・・・・。 あぁそうなのだ。これがあのバルザックの「人間喜劇」と言われる多種多様な人間の気質。人間は一面だけではないということなのか。そう言えば彼はいろいろな側面を持っていた。我が儘だった。強引だった。躁うつがひどかった。いつも話題の中心だった。どんな人間にも強いインパクトを与える人だった。もし彼が生きていればブラックバスの問題はどうなっていただろうか・・・・・。 新宿のホテルであるパーティーがあった。 会場に向かって僕はエスカレーターで上がっていった。 下を見ていると、ポンと開高 健が現れた。 彼が僕を見上げている。 あのよく動く子供のような目で僕を見上げている。 そして笑いながら僕に敬礼をした。 僕は頭を下げた。 それが最期だった。 もっと彼と話をしたかった。 こんな早く逝くとは思わなかった。 悔まれてならない。 則弘祐
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8 months ago
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アイ・リメムバー・ケン・カイコォー 「ゴン!ゴン!ゴーッ!!」 放水が始った。今まで溜っているだけだった流れ込みが瞬時に本流の強い流れに変わった。その流れが渦を作って流れ下っていく。 するとどうだろう。その流れの中心の脇に大きなライズが起るようになった。 放水される流れに乗って上のダムから大量の死んだワカサギが放出されたのだった。 「ガバッ、ガボォ」 目の前で大イワナがワカサギを食う。エラを開いて全身を出してワカサギを食う。その食う時の音がすさまじい。何ということだ。何という興奮だ。こんな事ってあるのか。 さて、どうするか。 その場所は巨大なコンクリートで出来た水路になっているから足場が高い。5メートル以上あるだろうか。ミノーどころかスプーンも引けない。そこで登場したのがアブ社のシャイナー。知っている人もいると思うけれどプラスチックでコートされた魚の格好をした今で言うジグである。 それをアブのロッド“キャスターデュエット”に6000Cで投げる。そして水流の速さに合わせてシャクリながら釣り下る。 「ゴン!」 一発で食った。でも足場が高いから上手くロッドを操作できない。大イワナをいなしながら下流の岩場でなんとかランディングできた。銀色の魚体。そして60センチ以上は十分にある。こんな大イワナ見た事がない。夢のような釣りの陶酔。歓喜。愉悦。だから釣りはやめられない。人生にそうめったにあるもんじゃあない。 狂宴の後、砂利のプールに生かしておいた大イワナを上から眺める。鮭のように顎が張って鼻が曲ったのはオスだ。メスはただただ太い。まさに潜水艦である。しばらくその美しさにうっとりと見とれる。 60センチ以上の2本を残しリリースする。 キープした2本を1本ずつ両手に下げ、タックルを背負って長いスロープを上がり始めた。2時間以上はかかるだろう。でも心は欣喜雀躍。昇り坂をスキップしたい気持ちだった。 彼は酔っていた。 六月の銀山湖は冷い雨が一日振り続く。 それでも北の岐の流れ込み(当時は釣りができた)で小さい(と言っても尺以上の)イワナを何本か釣って早めに村杉小屋に帰った。 平日のせいもあって、客は僕ひとり。そして囲炉裏の前に彼が座っていた。いつもの雑誌社の人たちもいなく。彼もひとりだった。 軽い会釈をして通り過ぎようとして呼び止められた。何度か顔だけは合わせているから僕への認識はあるようだった。と言うより、グリーンのアムコの1000番、両開きのタックルボックスのトレイにプラグばかりを詰め込んだ僕は、その時スプーン全盛だった時代に、奇異で異端だった。だから目立った。そのせいで僕を知っていたのだと思う。 「大学生だって?」 あの声で大作家は言った。テレビで聞くあの声だった。 「学校は?」 「学部は?」 少し酔った口調で矢継早に聞いてきた。 大作家を前に僕はひとり緊張していた。 「チューオーです。」 「フツブンです。」 少し間があった気がした。 仕草で部屋に入って座るように指示された。 バルザック!! いきなりフランスの小説家、あの近代リアリズム文学最大の作家の話になった。 話しについていけない・・・・・。 仏文学と言った自分を反省した。 でも、もう遅かった。完膚なきまでにやられた。同時に自分の無知を恥じた。 と同時に、なんで大金をかけて釣りに来て、釣りのヘタなオヤジにそんなことまで言われて・・・・・。血気盛んな若造は本気でそう思った。冗談じゃねぇ。 一発で僕は彼を嫌いになった。 と言うか、それには伏線があって彼と最初に会った印象が悪かった。 それはこうだ。 いつものように明け方にロッジに着いた。 囲炉裏の部屋のうす暗い灯油ランプの下で僕らよりずっと年長の男たちがボソボソと話していた。どうやら寝ずに夕べから話しをしているようだった。聞くともなく聞いているとそれは釣りの話ではなく、なんとも朝から聞くには耐えられないような強烈な猥談だった。そしてその話の中心にいたのが彼だった。テラテラした赤い顔に体に絡み付くような関西弁。これがあの大作家の正体か・・・・・。 でもそれなのにどうしたことか僕はしだいに彼に引きつけられていく。なぜなら、それぐらい彼の博識と豊かな語彙は、それだけで魅力的で他の人を寄せ付けない説得力があった。それは彼の文章と同じくらいにひと言一言生き物のように、自立し、独立して勝手に動きだしていく。
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9 months ago
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NORRIS 今年も暑い熱い日になりました。 #SAURUS #ザウルス #一匹の魚とどう関わるか #ハンドメイドミノー #バルサ50 #BALSA50 #ファイブオー #ベイトキャスター #則弘祐 #則さん #トップウォータープラッガー
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9 months ago
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アイ・リメムバー・ケン・カイコォー 最近、昔の新潟県銀山湖をしきりに思い出す。芦ノ湖。中禅寺湖。雄蛇ヶ池。そして銀山湖。そうあの大イワナ伝説の銀山湖。僕のプラッギングライフで忘れることのできない湖である。 銀山湖と言えば大イワナと並んでもう一方の主役、作家の開高 健さんがいる。亡くなって20年以上過つのだけれど僕にとっては彼の存在は重い。釣り師としての僕に決定的に影響を与えた人だからだ。有名人で大作家。でも僕は彼のことをちゃんと書いたことがない。銀山湖のこともちゃんと書いたことがない。なぜだろうか?相手が大き過ぎるせいなのか?少し苦手だったせいなのか?そんな折、生誕80年「開高 健の世界」展。駅のポスターの開高さんが僕を睨んでいた。もちろん行って来た。 その展示会場で「フィッシュオン!」や「オーパ」「オーパ、オーパ」を見た。何度も見ているはずなのに、またひとしおのものがある。とくに「週刊朝日」に連載された「フィッシュオン」には銀山湖が登場する。大学生の僕はその場にいた。だから当時の自分が生々しく蘇がえる。シーンのカットが、その場の雰囲気が、開高さんのカン高い関西弁が、ライブで聞えてくる。「ノリくん」彼が呼んでいる。その声が聞こえてくる・・・・・。 僕にとって始めての銀山湖へは上越線で行った。銀山湖の大イワナの話は、あのスプーンの大家、大先輩の常見 忠さんが雑誌に発表し、銀座「つるや釣具店」でも話題になっていた。それに刺激されて大イワナ釣行を実行したのだった。 小出駅からバスで銀山平。銀山平から定期船で只見。そして只見川本流の流れ込みにテントを張った。連れは幼稚園から大学まで一緒の後に税理士になる長谷川 康正。 着くとすぐに流れ込みを釣る。 夕方にアブ社のスモールフライにイワナが食った。でも僕がヘタなのとフックの小さいのもあってバレた。これが初の銀山湖での最初で最後のイワナになった。 暗くなってから雨が降り始めた。激しい雨がキャンバス地のテントを叩く。翌日も強い雨が一日中振り続いた。その日の夜中、増水した湖の水がテントの際まで迫ってきた。外に出るとテントが湖水に浮いているように見えた。漆黒の闇のなか、懐中電灯の先に見えてきたのは遭難の二文字だった。 すごいスピードで水が増えている。高い場所に張ったつもりだったテン場は大雨に完全に無視された形になった。 本能が生命の危険を知らせている。反射的に釣り具と身の回りの物だけ持ってテントを捨ててはるか上の林道に這い上がるように逃げた。林道から下を見るとスポットライトの先に濁流となった只見川本流にテントが流されていくのが見えた。まさに間一髪である。 僕たちは林道で雨に打たれて、震える膝をかかえながら夜の明けるのを待った。寒さに耐えられなくなってきた。その時、まさに奇跡のように林道の向うから電灯の明かりが見えてきた。心配した只見の集落の人たちが助けに来てくれたのだった。 釣りで初めての遭難。それが銀山湖だった。 それなのに、こんな怖い思いをしたのに釣り師とは懲りない人種なのですね。ますます銀山湖への想いが強くなる。今度は年上の友人と車で出掛けた。車は友人のスズキ・スズライト(ふるいなぁ)360ccの軽である。 関越自動車道などない時代だから17号線をひたすら北上する。小出から未舗装の指折峠をやっとの思いで越え、北の岐川に掛る丸太作りの石抱橋を渡る。やっと着いた。見回すと未明の銀山平はたくさんの野ウサギが飛び跳ねる別天地、まさに秘境だった。 前回のキャンプで懲りた僕は出来て間もない新しい村杉小屋に宿を取った。もちろんエンジン付きの舟もある。でも電気は自家発電、料理は山菜や魚肉ハム、塩クジラ、これでもし大イワナが釣れなかったら・・・・・。 もし、大イワナが釣れなかったら、と言う心配は初日から消し飛んだ。まさにこの村杉小屋から僕の大イワナストーリーが始まることになる。たくさんの沢の流れ込み。袖沢の放水口。虚空蔵や水通しの良い岬の立木周りから60センチを超える大イワナがミノーに襲いかかった。なかでも黒又ダムの放水口での釣りは圧巻だった。その釣りとはこうだ。 黒又ダムの放水口とはその名の通り、只見ダムから放水される水の黒又ダムへの流れ込みである。だからその場所は只見ダム直下にあって、車両通行止めの道をその場所まで歩いて下っていかなければならない。一時間と言ったところだろうか。 放水口に着くと、放水が始まるのを待つ。放水の時間はあらかじめ調べてあって、だからはやる気持を抑えながら待つ。 すると、放水口の奥から音がしてくる。その音がだんだん大音響になって近づいてくる。放水口から白い霧が出てきた。
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11 months ago
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本年もザウルス製品を愛してくださっている方々 本当に有難うございます。 ザウルスの創始者である則弘佑の声を お聞きください。 これは20年近く前の北海道のキャンプでの一コマです。 もし則さんがいたら今の時代をどう見ているのだろうか そんな事を考えます。 来年はもう少し良い報告出来るように 頑張ります。 #SAURUS #ザウルス #一匹の魚とどう関わるか #バルサ50 #BALSA50 #ベイトキャスター
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1 year ago
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ベイトキャスター同志たちへ (5) リールを回すと、子供の頃に聞いた同じ音が返ってくる そう。そのカタログは、その時の僕にとって、まさにアウトドアライフのワンダーランドだった。とくにぶ厚い「ハーター」は、キャンプ道具やテント、それもプロの罠師が使うキャンバスのヘビーなものまで、実に色々なものがあった。 オーダーシートに、迷わず「5000C」と仲間の分までプラグを注文した。なにしろ日本にはバスプラグなんて売ってもいない。銀行に行ってドルの小切手を作ってもらい送金した。これが結構面倒くさい作業だった。個人で外国から物を買う。それは日本人がドルを使うということだ。国の方針に反していた。 そんな苦労をしたのにもかからわらず、届いたのはなんと6000Cだった。注文書には必ず「セカンドチョイス」という欄があって、そこに6000Cと書いたからだった。 それでも僕はいいと思った。5000Cに劣らず6000Cはきれいだったからだ。僕は皮のケースから取り出しては眺め、そして小学校の子供のようにそれを寝るときは枕元において寝た。 それから猛特訓が始まった。 何といっても、誰も教えてくれる人はいない。もちろん本にだって書いていない。 リールに付いていたマニュアルに従って庭で投げた。でも思っていたよりベイトは簡単で、3日ほどして何とか投げられるようになった。 そして僕はそのリールを持って、当時出来たばかりの国際マス釣場へ武者修行にいくことになる。持ち帰り制限なし、そういうことで人気が一番あったのが早戸川であった。そこで僕は3gのスピナーを6000Cでガンガン投げた。ルアーを知らない鱒たちは入れ食いに釣れた。残りマスもほとんど全部釣りきった。「スレはだめだ」血相を変えて文句を言う管理人の前で、ちゃんと口に掛けてスピナーをマスが食うのを証明して見せた。 日光の中禅寺湖にもこのリールを持っていった。スレスレに底を舐めるようにスプーンをひくときに6000Cはベストだった。ダイレクトに当たりを取れる。前ブレが分かる。根がかりせずにデッドスローでリトリーブが出来る。アクションも手に取るように感じる……。 それはルブレックス社の名品、オークラを少し長く薄くした自作、自称「ノリクラ」にはベストマッチだった。何匹もの「茶マス」ブラウンをこのリールで釣った。『フィッシング』誌の古い読者なら覚えてくれていると思う。芦ノ湖にしかバスがいなかった当時、バスの替わりにライギョも釣った。「雄蛇が池」でのライギョ釣り。この記事も覚えていらっしゃる方もいらっしゃると思う。 ともかく、雄蛇が池でも主役はハリソンの「スーパーフロッグ」とこのアンバサダーだった。 バスのトップウォータープラッキング。 これはもう何と言ってもこのリールなしには語れない。このリールにはだから僕の釣りの思い出がすべてつまっている。 このリールを回すと少年の時に聞いた同じ音が返ってくる。回すたびにドキドキしたあの気持ちが返ってくる。 それから40年。 後で手に入れた5000C。両方とも今、僕の目の前にあって現役だ。特に6000Cはハイスピードギアに替えてあって僕のビックトラウトのマストリールである。 イメージしてみよう。 君は今、解禁直後の川にいる。 川には霧がかかっていて、隣の友人のキャストの音だけが聞こえている。 霧はだんだん晴れてきて、下流の橋がぼんやり見えてきた。 少し風が出てきたようだ。 流れはゆっくりと大石を巻き込んで白い芽をつけたヤナギの対岸に向かって開けていく。 やっと夜が明けてきて、その証拠に雲の輪郭がはっきりしてきた。 キミはゆっくりとリールのクラッチを切って斜め上流に向かってフルキャストした。 ラインは16ポンド。 さあいつでも来い! 釣りは釣り人を幸せにする。 そう確信します。 ビックトラウトドリーマーたちへ。 ベイトキャスター同志たちへ。 則 弘祐
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1 year ago
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ベイトキャスター同志たちへ (4) 僕が初めてベイトリールを買ったのはいつだっただろうか。 少し古い話をさせて下さい。 神奈川相模原の米軍基地のアメリカ兵たちと釣りをするようになった僕は、当時浪人中だった。バス釣りを覚えたばかりでルアー釣りに夢中になっていた。 それでなくてもそんなに成績の良くなかった自分はエスカレートで大学に進学できる付属高校にいた。だからそのまま行けばその大学に入っていたと思う。 ところが大それたことに生意気にもその大学に疑問を感じ別の大学を受けた。70年安保、大学が紛糾していた時だ。 結果は当然に目指していた大学はすべて不合格。付属高校のレベルの低さを思い知らされた。というよりは何と自分の頭の悪さよ……。 そして浪人生活が始まる。 で、始まると考えるのはもちろん釣りのことばかり(分かってくれるよね)。しかもおぼえたばかりのルアー釣り。それはいままでのエサ釣りになかった面白さ。たとえばキャスティングのこと、さらにプラグの名前や種類、動きやカラー。そんなことが頭の中をグルグル回って勉強なんてとても手につかない。キミと同じだよ。 さらに英語の勉強にと自分に理屈をつけて、チャーリー(僕のバス釣りの師匠)からもらった野外雑誌を辞書を引きながら読むのはいいのだけれど、目に止まるのは美しい写真や道具の広告ばかり。こりゃダメだ。 それはそれとして、中でも目を引いたのが『ヘドン』『シェイクスピア』『フルーガー』『サウスベンド』などのウッド製のプラグ達だった。そうその頃はプラスチックが大勢を占めていて、それでもフルーガーやサウスベンド、シェイクスピアはほとんどウッドだった。 「TOPWATER PLUG」 そのわくわくする言葉が巻頭をかざっていた。 トップウォーター。サーフェースウォーター。水面……。夢はどんどん膨らんで、羽が生えてどこかへ飛んでいきそうだ。 とりわけ、夜も眠れないくらいに気になったのが、フルーガーなどのアメリカのリールだった。そしてそれはスピニングではなくベイトリールだった。と言うよりはアメリカ製はベイトしかなかったように思う。 わけてもその中でガツンときたのがアルミボディーのアメリカ製でなくブラスボディーで黒く輝くガルシアのアムバサダーだった。 5000C。曲線と直線をたくみに組み合わせたアールデコ調のそのデザインの美しさ、 開高健をして言わせしめた。“時計の精巧”さ。アムバサダー=大使というネーミングの上手さ。 ちょうどアルミボディーで軸受けがブッシングからボディーがブラス。スプール受けがベアリングになったばかりでアブの販売に力を入れていたのだろう。広告も派手だった。 5000カスタム。僕にとってもそのリールは別格だった。寝ても醒めても頭から離れない。 僕はそのリールを使う自分を想像した。 オレは難しいと言われるベイトをマスターする。上等じゃないか!! オレは日本で初めての両軸使いになってやるッ。 350ドル。ぐらいだったと思う。 1ドル360円。僕は勉強などせずに一生懸命バイトをした。1日600円~650円。1時間じゃないよ。1日だよ。でもしかし、僕はこんなに真面目にバイトしたことは無かったよう気がする。 そうして雑誌に出ていたアメリカのアウトドア用品専門の通販の会社のカタログを請求した。でも、こんな熱意は勉強では決してしないよね。釣りの為ならなんでも出来る。数ヶ月して茶色の封筒に入った外国からの郵便物が届いた。待ちに待ったカタログだった。 則 弘祐
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1 year ago
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ベイトキャスター同志たちへ (3) 釣りとは見果てぬ夢なのか パラノイアを知っていますか。 「パラノイア。 知能や人格に障害は見られないが、論理的には筋の通っている妄想を常に抱いている病気。(国語辞典・講談社)」 パラノイアの典型がドン=キホーテ* と言われているけど、はたして僕たちはどうなのか。 僕たちが立ち向かっている相手、ビッグフィッシュはドンの風車なのか……。 相原 元司という男を御存知だと思う。 そう、あの2ポンドラインで100ポンドオーバーのカジキを釣った男だ。 何とラインテストの50倍以上。もちろんこんな快挙は偶然にできたわけではなく、世界的に有名なキャプテンを1年以上前からその日のために予約する。しかもボートはただひとりでチャーターする。釣りに集中するのと、釣り上げるのに時間がかかるからだ。同伴者がいればそれだけ相手に迷惑をかける。だからこそ彼は準備に準備を重ねての結果なのだ。 アングラーの勲章である。 世界に通用する数少ない日本人と僕は確信する。 で、しかし彼がそんなことができる大金持ちなのか。 とんでもない。相原は東京都府中市の職員で、妻も子もいるフツーの男である。 人生、心意気に感ずる。 この男の釣りを見ているとそう感じざるを得ない。できる限り魚と対等に、釣りの相手は魚とそして自分自身。 そして彼はこう言う。 「つぎはマーリンだ。取ったのはセイルだからマーリンだ」 と笑う。バショウだって凄いのに……。 前のエッセイで、無酸素で単独でエベレストに命を賭けて挑む登山家のことを書いた。 相原はそれに通じないか。僕にはそう思えてならない。 それにしても、と考える。 ルアーのカラー、動き。どうしてそれにゲームフィッシュが反応するのか。 「夢想」「空想」「幻想」 「想像」「妄想」 僕たちはパラノイアなのか。 釣りとは見果てぬ夢なのか。 空想的で正義感の強いドン=キホーテなのか。 ビッグフィッシュ・ゲーマーたちへ。 ベイトキャスター同志たちへ。 則 弘祐 * ドン=キホーテ:スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテス・サアベドラの小説「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」の主人公。当時のヨーロッパで流行していた騎士道物語を読み過ぎて妄想に陥った主人公が、自らを伝説の騎士と思い込み、「ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ」と名乗り、痩せこけたロバのロシナンテにまたがり、従者サンチョ・パンサを引きつれ遍歴の旅に出かける物語。
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1 year ago
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ベイトキャスター同志たちへ (2) CDレックスの使い方 「CDレックスの使い方が分からない」 という声があったので少し説明します。 考え方の基本は、人のやらないことをする、ということです。意識してやる。U字効果も、トウィッチングも同じです。 つまり、サクラマスを狙う釣り人がこう増えてくると、釣れない魚がよりむずかしくなる。そこで、人が届かない距離を投げるとか人が引ききれない水深にプラグを送り込む必要が出てくるわけです。 そこでCDレックスの登場となります。 まず、CDレックスを斜め上流にフルキャスト。 送り込んでやって底を取るつもりでカウントダウン。CDレックスの沈む時のユラユラ・アクションをフルに利用。 レックスが前を通り過ぎるときからトウィッチング開始。 U字を切ってレックスの頭が上流に向いたら、そのままトウィッチングせずに(ここが大切)、リールのクラッチを切りラインを下流に送り込んでレックスを沈ませ、 そして速いトウィッチング。 これを場所や流れによって使い分けます。 僕はこう思います。 マスは我々が思っている以上にいる。 ただし、いるけれど食わない。 それは川に潜った人がよくいうことです。 この食い気の無い魚を反射的に食わせる。 いわゆるバス的に言うとリアクションバイトなのです。 もうお分かりの通り、この操作はスピニングだとやりづらいと言うより不可能です。しかも強くシャクリ上げるので細いラインだとタカ切れしてしまうし、ラインを太くするとスピニングではライントラブルの元になる。それにラインだけでなくロッドもバットとベリーが強くないとプラグをシャクリ切れない。 そういうわけでライン・16ポンド、ロッド・クイックトウィッチンのコンビネーションとなるわけです。 サクラがもうすぐ咲きます。 僕にとって一番好きなサクラマスのシーズンが来ます。 貴兄もベイトロッドでCDレックスやヴィブラを使ってサクラマス狙い。 始めてみませんか? 則 弘祐
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1 year ago
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ベイトキャスター同志たちへ (1) 貴方は今まで何匹の大きな魚をバラしているだろうか 釣り師であれば同じ種類の魚であればより最大級を狙いたい。それはカジキでも、ニジマスでも、サクラマスでも同じだと思う。僕は間違いなくそう思う。 でも、大きな魚は偶然では決して捕れない。ロッドも、ラインも、ルアーもそれに応じて準備しなければ決して偶然では捕れない。そのことはもうベテランの貴兄だから知っていると思う。 一匹の魚とどう関わりあうか? 一生に一度の魚とどう渡り合うのか? 何匹釣ったではなく、どう釣ったのか? そこにこそゲームフィッシングの答えがあるような気がするのだ。単独で、無酸素で、しかも未登峰ルートを目指す登山家のその精神と同じものを感じるのだ。 こんなことがあった。 その時、僕は富山県、神通川にいた。 その場所はもう禁漁になってしまった大沢野橋の上手。と聞けばアドバンスドアングラーの貴兄なら「ン!?」と顔を上げるに違いない。 そこは屹立した岩盤。その崖に流れの中心がもろに当たって絞れている。だから流れの芯はまともに強く重い。その流れの渦は、大きな岩を抱き込みながら下流に開けていく。ちょうど梅雨に入ったばかりで緑が濃い。 僕は橋の下から岩盤までヤブをかき分けながら直下までたどり着いた。 ブラウニー13cm、オレンジベリーを投げる。 ロッド、ユーイフェクツ82H。ライン、シーザウルス・プラッギン10Lb。ショックリーダー20Lbを2ヒロ。 崖の真下から釣り始める。 流れは相変わらず強く、おまけに足元がゴロタ石だからよけいに始末が悪い。危なくてヒザ以上は入れない。難易度Aクラス。でも困ったことに自分はこんな場所が大好きなのだからしょうがない。 人と並んで魚が通るのを待って釣る。 「そもそもルアー釣りとは活性の高い魚を積極的に捜して釣るものだ。そこがエサ釣りとの大きな違いのひとつだ」。天才、開高 健さんから大学生のころ銀山湖で聞いた話がいつまで経っても頭からこびりついて離れない。それが僕の釣りの原点になっている。 斜め上流に向かってブラウニーが飛んでいく。 ここは水深が少しあるからミディアムディープ9cmに換えるところだ。でもその下流に大きな石が沈んでいるからそのままでも……。 定石通り、ブラウニーが自分の前に来る直前に、ミノーの頭が上流に向く直前からピッチの早いストロークの強いトゥイッチングを入れる。これはもう自分のクセのようになって体がそのタイミングを覚えている。 「ゴンッ」 いつもそうだ。 「ゴクッ」「ゴクッ」。頭を振っている。 これもいつものことだ。 それからが違った。さっきの大岩の蔭に入って動かない。数歩下流に下ってロッドをたてる。強くアオる。 案の定、マスは出て来た。そしていきなり下流へ走った。 「チー!」。2kgセッティングのドラッグから悲鳴のようにラインが出ている。熱でドラッグが馬鹿になったら万事休す。さてどうするのか! こんなとき、つい下流に一緒に下りたくなる。とくに自分のタックルのシステムに自信がないときはそうだ。ここで下ったら最悪、一気に走られてその先に強い瀬が待っている。 両手でロッドをホールドして、ただ耐える。 情けないことに息が上がって、心臓が口から出てきそうだ。 すると今度は一気に上流に向かって走り出した。そして走ったままのスピードそのままに僕の目の前で跳んだ。ピンクの砲弾、川のヒラマサが跳んだ。 「デッ、デカイ!!」 いままで九頭竜川で釣った最高70cm、5kgをはるかに越えている。太くそして巾がある80cm、7kgは間違いないだろう。目玉も一円玉の大きさ以上に見えた。その目で僕を見たのだろう。それから本気になった。ターボが掛かった。もう、ケンカにならなかった。さんざん引きすり回された揚句、根ズレで切れたメインラインだけが力なく風に揺れていた。完敗だった。 ビッグフィッシュは偶然では取れない。 とくに岩の多い場所や流れの強いトロ瀬の大好きな僕たちにはなおのことだ。 ビッグトラウトをバラすたびに思ったものだ。 「ビッグトラウト専用のベイトロッドが欲しい、スピニングでは限界がある」。 そんな僕と同じ地平を見ている貴兄に。 ベイトキャスター同志たちに。 則弘祐
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1 year ago
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