The season of blooming YAMA-YURI(means 'mountain-lily')has come.
this sweet, sweeeeet bewitching scent overflowing all around the midnight.
山百合の季節。
道横の斜面に咲き誇る花をいくつか手折り、集落の辻に立つ地蔵に。
そして、せっかくなので、お裾分けをもらうことにした。
あまりにも花が重たく、釣り合うコップがないので、数日前に飲んだビールの瓶に生ける。
深夜。
たった二輪だけなのに、部屋の全てが山百合で満たされてしまった。
そこだけに収まらず、部屋の外の暗闇にも溢れ出す、その香り。
妖艶、という言葉を思う。
Great hanging scroll came out from warehouse of rented old house.
There's a great traveling lyricist,MATSUO-bashou printed on it.
It drew in edo period by haike-writer, YOSA-buson.
He respect bashou's haike, thought,attitude and spirits.
In late afternoon,
i face to this picture.
face to bashou,
face to buson,
face to space,
face to time,
face to mind,
and myself
蔵に仕舞われていたという掛軸を出す。
与謝蕪村が、尊敬していたという松尾芭蕉を描いたもののようだ。
大家の了承を得て、床の間に掛ける。
花瓶は、この家出身で、日本では女性初の大学院生となったという生物学研究者が、かつて使っていただろうビーカー。
花は、庭のそこここに穂を揺らす、「雑草」と呼ばれてしまっているスゲの仲間か。
夏至近くとはいえ、陽が傾いてきた。
そんな遅い午後、静かに絵と対峙する。
いったい今、自分はここに座って、何を見ているのだろう。
芭蕉の顔なのか、蕪村の心なのか。
江戸時代の絵か、墨で書かれた詩か。
時間。
空間。
触れるとは何か。
思い続け見続ければ、時空にも触れられるのか。
自らに問う、ほんの一瞬の、長く深い旅。
rice cultivation is designing ground.
and so, it is "grand design"
乾いた地を起こし、水を入れる。
草をすき込んで田起こしをしていると、烏がやってきて、慌てて出てきた昆虫を啄む。
水を流し込み代掻きをすれば、蛙が飛び込み、それを狙って鷺が降り立ち追いかける。
上掻を終えて田を水で満たした、夕方。
それまで、まばらに草の生えるだけだった土地が、焼けた空を映す美しい鏡になっていた。
その上を燕が舞い、くちばしでさっと水面を裂いて、飛んだまま喉を潤す。
土から水へ。
大地を作り変える、稲作という作業。
その行為、そして、それを行う自分自身が、日本という地における自然が脈々と維持し続けてきた「偉大なる仕組み」に溶け込んでいくかのような感覚に陥った。
I started learning rice cultivation.
rice is cultural, spiritual, ideological pillar of japanese.
I want to know 'what is japan'
稲作を始めた。
尊敬する先輩に教えを乞い、日々、田に立つ。
綿々と続いてきた作業と収穫によって作られてきたであろう、この国に住む人々の心。
その精神を、体を動かすことで知れば、古くから建つ家や、その中で使われてきた物や、そこで言い伝えられてきた物語を、より深く読み解くことができるのでは、と。
稲を学び、稲に学ぶ。
I visited in suzu-ishikawa, japan.
there was damaged by the earthquake and tsunami in the first day of 2024.
a lot of debris all over here.
really,really terrible situation.
but a beautiful landscape spread out before me.
Nature is great,
and so,
beautiful.
石川県の珠洲市での、井戸掘りの手伝いに参加した。
いろいろとした事情や復興の手順や順序などがあるだろうことは理解しつつ、地震が起きた日のまま何も進まず保存されているかのように感じてしまう。
あまりに生々しく、レンズを向けるのも躊躇する。
そんななか、汚物や瓦礫で埋まった井戸を復活させる作業を、ひたすら。
その井戸の持ち主である住職さんは、もう、表情すら作れないほど疲れ切った「表情」だった。
何をしているのか、何ができるのか、何もできないのか。
いや、何をしても無駄なのか……。
いろいろな想いが頭を巡り、おかしくなりそうなときにふと面を上げれば、季節外れの吹雪の隙をついて目に飛び込んできた、輝く海と空。
そして、眩い太陽。
自然の素晴らしさ。
美しさ。
eating bread and wine in windy midnight.
i'm not christian.
but, i get caught up in a sacred feelings.
風の強い夜に、独りテーブルに向かう。
樹々がさざめいているのに、とても静か。
パンとワインのみ。
そこに何かを感じるのは、何故だろう。
あれこれ考えつつ、その一杯を、空の向こうに旅立った山の先輩へ献じる。
I put up the Christmas decorations.
with tanzawa mountain fir tree and kokeshi doll made by SATO Ushizo in 1962
Ushizo is little known kokeshi craft man.but he is legendary master known to those in the know.
#Christmas
#kokeshidoll