さようならアーティスト/ sayounaraartist

@midnightdancingcrew

@otonakaranogarete owner Director/Producer/Photograph/Essay
Followers
2,828
Following
1,380
Account Insight
Score
29.61%
Index
Health Rate
%
Users Ratio
2:1
Weeks posts
party film archive "Summer waiter at the corner" 愛を込めてパーティーフィルム、この世界の片隅で夏を待っている。 party: liQuid @liquid.project_ organized: @_dilemman supported: @meltingbot まだ拙いので言葉が必要だと思い筆を取る。 2年前葛西臨海公園の広場で当時学友たった2人の「パーティーごっこ」から始まったliQuid projectはvol.1、vol2青春エディションを経て年度の始まる月、4月に「東京の音楽シーンの陰と陽を表す」ying yang エディションを開催した。 liQuidで夏を迎えたことはまだないけれど、なぜかいつも夏の景色を思い浮かべる。鬱屈とした緑の小道、人の住まなくなった大きな日本家屋、響き渡る蝉の声。 私が主催の拳と仲良くなったのも夏だった。私はまだ小さな技術会社でテレビを作っていて、拳は悩める滾った学生だった。わたしたちは砂浜でLEXやtohjiを大きな音で聴きながら写真を撮った。ヒリヒリとする焦りを夏の日差しのせいにして、その時間はとても緩やかで、先の不透明さゆえに抱ける未来だけがなによりの希望だった気がする。 万華鏡のように移り変わるこの世界のことをずっと見ている。反射して微分していく意図と思いと、「夢」に置いて行かれた田園の踏切の情景。 「ここ」の話をよくしている。物事の回転する速さに気が滅入る。昨日会えた人に今日はもう会えない、「遊び」はいつの間にか領域を縮小し、「遊び場」はみるみるうちに無くなっていく。「過ごしやすく」なったミヤシタパークや閉店してしまうレコ屋・クラブハウス、若年女性層に人気のあった露店飲料店では大鶏排が売られるようになり、それも終わるとバナナジュースが売られるようになった。 都内に続く鉄道の主要駅では次々と大規模な開発がされ、水平に伸びる商店街よりも空に近い商業施設を欲した。下北沢もまた1つの時代を追い越した。経済領域の狭い人々を追いやるように駅前には量販店で購入した服を着た人びとで溢れかえる。 心が見えるものを創出するためには心が痛む必要がある、それも理だと言われている。もやしばかりの野菜いためや、擦り切れたスニーカーや、画面の割れた携帯。「馬鹿馬鹿しい夢」を見るための土壌は削られ、必要がないと国から真っ向から言われるシーンの中で、誰もが生活を天秤にかけて葛藤を持たされる。「コムデギャルソンを着ていたあの子は」やがて何もかもを諦めて「最終電車に乗った」 ここは東京、霞んでいく蜃気楼みたいなこのまちで、君が幸せそうならそれでもいいけれど「ここから連れ出して」とみんなが叫んでいる。 それでもここで生きていきたい、大声で叫ぶのは生きていたいからだ。駅前の裏路地の地下で人混みから逃れるように行われたパーティーに小さな祈りを込めた。そこで息をして夜を過ごした人々の息遣いを、時間を、全部残したいと思いました。 Emoji drop @emoji_drop PICNIC YOU @picnicyou@_dilemman Mare Interno @_mareinterno_ W.A.S.P. @w__a__s__p ZOMBIE-CHANG @meirin_zzz yuzuha @yuzuha.jp Soya ito @sy1re aTTn @attn_music Double Clapperz @doubleclapperz どんぐりず @dongurizu JUMADIBA @jumadiba_assaji miute @dj_miute iida Reo @iida_reo_sabino yumesaki @yumesaki_noisemachine div☆&kyle @sexrifice @die_lit666 -illas- J.A.G.U.A.R.(PURE IBIZA) 原島"ど真ん中"宙芳 にっちょめ J.A.G.U.A.R.(PURE IBIZA) 原島"ど真ん中"宙芳 @spread_shimokita camera・edit @midnightdancingcrew footage reprinted without permission: 探偵マイク/national geographic/midnight gospel/みなさんさようなら(映画予告)
281 0
3 years ago
Article archive : Little essay for @uni_share vol.28 "あんたの父ちゃんと母ちゃんと神様に誓って" 湿った埃と腐った食べ物の匂いのするホステルでは 毎週木曜日に、夜の7時から若者たちが音楽会を開く。 ギターを弾き、仲間達はドラムを運び、 マイクを持ち込み、皆で歌を歌う。大した歌ではない。 「みんな今夜は愛を感じたかい?感じたかい?」 人生は、恐ろしく果てしなく、長い時間を過ごすことだ。 どんなに魂の形が不細工でも、 過去と切り離すことができない重い体を 引きずって歩かなけれいけない。 永遠に続く螺旋階段を登るような、気の遠くなるような作業だ。 歌を歌う。みんな歌を歌って生きている。
102 0
6 months ago
Party archive Leave away from pain.(痛みから遠く離れて)vol.1 「パーティーの後で」 ………… 街のことが知りたかった。蠢いている海底の光のこと、なにかを売ろうと笑顔を向ける電光掲示板のこと、ハチ公前で懸命に訴えている人のこと、悲しそうにタバコを吸っている人のこと、底抜けに明るい笑い声で通り過ぎていく制服の女子高生たちのこと、本当のこと。 ここは少し変な場所だ。人の顔の印刷された紙があまりにも大きな価値を持つ。人が人を選別して取捨することが当たり前に行われる。人の行動一つ一つに値段がつく。相手の腹を探って裏をかくことばかりが重要になって、目の前にある表情を見ることをやめてしまう。それに飲み込まれて、私はわからないことに分からないと言えなくなる。 …… (はてなブログ更新しました!長すぎて載せられなかったので冒頭だけキャプションに載せてます!フルはbioから飛んで読んでみてください🙇🏻‍♂️🙇🏻‍♂️) photo by @hanabudayo 手伝ってくれた人、愛をくれた人、みんなのお陰で開催することができました。本当にありがとう…… full article link in bio /entry/20220203/1643814425
242 2
4 years ago
群青に海が沈み込む。灯台の明るさに目を細める。日暮れ前の空がカーテンみたいに青くたなびいていた。 「あたし?あたしはあたしだよ」「面白いねお前」 水の爆ぜる音は貝殻の足音。砂が頬に当たる、目元を遮る髪の毛の先にあの子が消えていく。あの子はずぅと耳の遠くのところで囁いている。 いいことも悪いこともずっとは続かないもんだナ。 "千歳離れた船場でも、帰る居場所を示しけり。しばし潮風が目に沁みたならば、かしこ、かしこ、いまかえるよ。"
31 0
16 days ago
27歳になった。私のような雑巾が27歳を名乗るにはおこがましすぎるから、どうもおかしい。 自認が「雑巾」なのをいいかげんやめたい。27歳なのだから。 仕事ができるようにならず、ヘラヘラとするくらいしか能がないから、顔の綺麗な賢い子を見るとやはり落ち込む。上司からは「頑張ってくださいね。」と言われた。唇を尖らせてしまう。頑張っている。頑張っています、と言ったら「頑張っていることはみんな知ってますよ。」と言われ、「頑張っている」ことには何の意味もないことを突きつけられる。わかっていても辛い。喜ばしい入社式の日だと言うのに、浮かばない顔をしてしまった。先輩なのに、27歳なのに。 「どうしたのか」と私を心配する先輩には、「中東の戦争に胸が痛む。戦争を憂いている。」などとうそぶいてしまった。心配してくれたのに。大人なのに、先輩なのに、人の門出を祝えずあまりにも個人的なことで悩んでいる自分が恥ずかしかったからだ。本当は中東の戦争よりも自分のことばかりが気になる。心配されたいわけではない。私がドブなだけなので見放されたい。だったら、だったら、大人なんだからそう言うしみったれた感情は黙って隠し通せよ、と怒りが湧く。 金沢に来てからもう一年が経つ。 「暮らし」をすると決めたから、この街には愛着のある場所や人ばかりになった。パーティーはあまりないけれど、街にいられる時間は夜だけではなくなったから楽しい物事が増えた。行く場所も限られているから気に入った場所があれば何度も足を運ぶし、そのおかげでどのお店に行っても「続きの話」ができるようになった。 「暮らし」は「連続性」を持っているのだと気がついた。連続性のある場所で私は行儀良く過ごし、居心地がよく、のびのびと暮らしている。連続性があるから、友人との別れには涙が出る。友達が遠くに行くことは悲しい。友達と会えなくなるのは寂しい。だから転勤の決まった友人との別れで泣いた。 年々涙もろくなる。年々世界の面白さに気がつく。 「物事を知る」ことはこの世界の無限性に身を預けどこまでも自由になることだ。毎日毎日面白さで頭がおかしくなりそうだ。何を見ても面白い。散歩しているだけで面白い。誰と話していても面白い。面白くない瞬間が1秒たりともない。今までどうやって創作物を楽しんでいたのか思い出せないくらい、何もかもが面白い。物事を知ることの面白さに気が付く。 けれど「物事を知る」ということは、表現をすることの豊かさや成熟と関係しない。 世界はますます面白くなっていくのに、自分の言葉だけがいつまでも面白くない。 躍るはち切れそうな心の昂まりや、見えている色や光の豊かさを、どれを使っても一生表すことができない気がする。言葉になる前の世界はこんなにも面白く自由なのに、伝えんとするとき、私はカラフルな玩具箱をキラキラピカピカと散らかすのをやめて、軍隊のように整列して法に則って話さなければいけない。言葉にするとき、文章を書くとき、映像を作るとき、いつも苦しくて仕方がない。 そんなうだつの上がらない日々に不安になる。そんな時にはgeminiに偉大な映画監督の成功前夜譚などをきいて、自分に言い訳をする。タランティーノも、ポンジュノも、濱口さんも三宅さんも、辛い日々を乗り越えたのだ、と思えば、私の今の日々もいつかは意味のある日々になるのだと言い聞かせている。 髪の毛がピンク色になって、27歳になった。わかんないでしょ、と今でも思う。出来事の数々、どれだけ大変だったか、わかんないでしょ。で、わかんなくていいか、と思う。私もあなたの苦しみがわからない。あなたが「苦しい」という気持ちを受け取ることができない。だから、あなたと私は絶対に分かりあうことはない。わかんないでしょ、とあなたがいう。その気持ちだけわかる。あなたの気持ちがわかる。 自分の写真を見返していたら、目の下には笑い皺がついていて、笑い皺のできる27歳になったことが嬉しく、私は私の顔の笑い皺を愛おしく思った。40になっても絶対シワ消しなんかしたくない。絶対にボトックスなんか打たないぞ、と思う。私の顔は、美しくはないかも知れないが、私は私の表情は美しいと思う。私のような表情を私の他には誰にもできるはずがないからだ。 2026/04/23 さようならアーティスト
441 18
24 days ago
After the dark long winter.
96 2
25 days ago
2025ねん12がつ31にちのにっき AM 2:30 言葉が浮遊して、言葉と言葉は軽やかに旅をして、言葉が広がる感覚が好きだ。小さな言葉を拾ってそれが想像していなかった遠くまで行く感覚が好きだ。仲のいい友達ととめどない話をしている時、それはいつも起こる。「深い話」とかではない。言葉のあやとりというか、連想ゲームに近い。その言葉の意味するところが形のないものから形のあるものを自在に行き来する時、私は自由だ、と感じる。その感覚をいつも求めている。初めて会った人にも、まだ知らない未知の他人でも、それが入り込める隙間をいつも探している。それがお互いの気持ちの意図するところでなくても、自分と相手の輪っかが合わさったところに、また違う広さが感じられるのならば、その会話の内容は私にとって「抽象的」である必要も、特定のテーマである必要もない。けれどそれのどちらもできないとき、とても不自由に感じる。あちらこちらに固くて冷たくて狭く平らな壁が広がって、閉じ込められているような気持ちにさえなる。不自由な時、私は悲しく、寂しく、悲しくて寂しいからある種の怒りのような感情が湧く。しかしそれは私がつまらない人間なのが問題なのであって、相手の問題ではない。それは本当にそうなのだ。彼らにも彼らの心地よさの種類があって、その心地よさを私がまだ習得していない、というだけで、それは私も相手も本当は悪くない。構造の違いだから、構造の違う人と合わさる角度を見つけるのは、結構野暮で、そう言い聞かせて、せめて、と適度な言葉の粒にして渡す。でもその時間が私にとってはたまに苦痛で、逃げ出したくなる。逃げ出したくはないから、その瞬間が訪れることをいつも恐れている。「そういうのがあなたにとってめんどくさいのなら、私たちは仲良くする必要はないのだ」と言える強さも持ち合わせていなくて、誰にとっても幸せなことではないのに、そういう不毛なことを続けてしまう。私の気持ちは隠せていると思えて、本当はまるっきりバレているから、相手は私の存在をみて、やはり鏡のように私を拒絶していく。ような、気がする。気がする。「そんな話、したくないよ」と言われている気がする。これも私の問題。でもね、象(かたち)のない概念を軽やかにスキップする私は、姿形の醜さや強張りを超えて、本当は蝶々みたいだと思う。(だから、あなたは陽だまりのピクニックみたいだ、と言われると嬉しい。)だから、そのままの姿でいさせてほしい。苦ぴい。苦ぴいのだ。ずっと苦ぴいのだ。窮屈で、だから憎んでしまいそうになる。 AM 5:58 クラブでこれを書いている。 存在の所在がわからなかった。生きるために奪われることに慣れすぎて、生きることと奪われることを切り離すことができなくなっていたと気がつけないまま26歳になった。あまりにも奪われてしまったから私には何も残っていなくて、けれど与えることができない人間である限り、生きることすら許されていないように感じ、けれど、私には価値がないにも関わらず、なぜか生きていて、手足があり、喜びを感じたり悲しみを感じたりする。この存在の正体は何なのだろう。私の体は確かにここにあるのに、どうしてこの体の存在は認められていないのだろう。 年の瀬。今年がもう終わる。よくわかんない一年だった。私は本質的にあまり変わっていない。それはそう。引っ越したくらいじゃ、1年くらいじゃ、人間はそんなにすぐ変わらない。せめてさようならをしなくていいように、言い聞かせている。魔法みたいに分かり合えたらいいのに。 7:32 祈る人の話を読んだら、祈るってすごいな、と思って、祈ってみようかなと思った。 「祈る時、君が幸せになることを祈っている。でもそれは君が健康に過ごすこととか、生活に困らないこととか、そういうことじゃなくて、君が君の人生に幸せを感じられるように、君の人生のタイミングでいいことや悪いことも含めて起こりますように、みたいな」みたいな言葉に全部詰まってる気がして、めちゃくちゃすげーことじゃんと思った。人の不幸や問題は結局その人自体にしか解決ができないし、誰が何かを言うか言わないかとか、それも含めてめぐりあわせで思し召しだけど、結局は自分のタイミングで自分で解決するしかないから、だからやはり私たちは祈ることしかできない。だから私も祈ってみようと思った。私はあなたたちの人生に関わることができないけど、あなたたちの輝かしい日々や気持ちの落ち込む日々を目撃することができないけれど、あなたたちのことを覚えている。思い出す。 AM 11:30 朝方フロアでダンスをする時、それは祈りに似ている。 あーっ、これは「カッコつけ」てますね。でも本当にそう思う。 体は言葉から自由になって、自分の現在地がわかる。朝方の4時とか仕事終わりにコンタクトに行って、SPREADに行って、1人で暗闇で踊る時、私の体は私のものに戻って、大事な人たちのことを思う。あれは祈りの時間だったと思う。 交換日記:彼女が振り返る頃、そこにもう彼女は存在しないこと vol.1 - 影をひろいあつめて /entry/20251230/1767093020 2025/12/31
88 0
4 months ago
26歳になった。 誕生日はなにの変哲もない1日だった。友人が一本電話をくれて、その友達は私がどこにいても同じようにいろんな話をしてくれる。「実態」だな、と思う。尊敬している。金沢には雨が降っていて、私は服が濡れて、湿っぽい匂いを出してオフィスの席に座って過ごす。同僚がお菓子を買ってくれた。私はいまだに椅子に座れない。まさか椅子に座れない26歳になるなんて思ってもいなかった。椅子に座れない29歳や36歳になるのか気になる。てかそもそも29歳とか36歳になれるのかな。てかアラサーってやばい。 「東京の人」ではなくなった。あの街には「穴」がない。誰がいてもいなくても同じで、いなくなった部屋には別の住人が住み、毎朝大きな箒のついた車が気配を洗浄している。私には「実態」がないから、本当にあの街とは関係がなかったんだと思って少し苦しくなった。あの人が今どこに住んでいるかわかんないし。 景色がスライドしてるみたい、と思った。なんでだろう、こんなに光を反射していて、触れそうなくらい温度があるのに。ずっと自分で選んで手繰り寄せてきたのに、私はやっぱりずっと小さな四角い部屋の中で硬くて冷たい椅子に座っていて、6面に投影された景色を見ている。私には触ることができない。逆なのかも。どこかに向かって移動を続ける私は、本当は真っ暗で「果て」のない空間を移動していて、景色が私を執拗に追いかけ回すのかも。だから私は「大丈夫」なのに節々が痛むのかもしれない。治らない肌荒れや、下腹部の痛み、頭の片隅がずっと鈍く痛い。 彫刻の話を聞いた。動作としての彫刻と、概念の彫刻があって、動作として「彫る」をしていながら「モノを彫る」ことではないこと。彫刻はオブジェではなく、問いであり答えで、完全であることも不完全であることもないこと。彫刻は空間のなかでそれがどうありたいかということ。それって物の外側を彫ることで空間の内側が彫られるってことでしょ。それで、現代彫刻は、空間を彫っていること、だと思ったんだよね。物理と空間と時間を同時に彫ること。すごーーと思った。なんでも彫刻なんだなと思って。そう言ったら「なんでも"入れ物"と同じだね。」だって。 文章を作ったり映像を作ったりしているけど、本当は、空間を彫りたかったのかもしれないな。手触りと匂いのする物体が空間を彫って、受け取る人と物に過去と現在と未来がある彫刻をしたかったんだと思った。そしたら寂しいけど寂しくなくなりました。 メモ もう2度と会えないと思ってた友人とまた連絡ができて嬉しくて少し泣いた。 母から大事な本をもらって、嬉しくて少し泣いた。 ずっと大好きだった人と話ができて、嬉しくて少し泣いた。 写真: 1枚目→新居 2-3枚目→旧居 4枚目→4年間住んだワンルーム
268 2
1 year ago
<Archive> Directed / Produced / Edit / Production Design / Styling いつまでも続いていく時間と、確かなものについて Cinematographer : Keishi Sawahira B cam : Takeshi Kawanaka Styling/Production Design : Sayonara Artist Prop Assistant : Jeoji. S Title Design : Masato Kumakura Colorist : Sogare Special Thanks : Oudai Kojima Director/Editor: Sayounara Artist Producer: Midnightdancingcrew Cast : Haruki Ishikawa
121 0
1 year ago
Article Archive 虹色眼鏡 第17回 (仕事文脈vol.25) Title:宝石店襲撃 "帰国をしてからも、やはり私はまだ「バリキャリ」を諦められず、そういう世界観にいまだに憧れていた。仕事終わりには銀座や恵比寿でナチュールワインを片手にタパスやイタリアンを食べる。オリヴァーピープルのサングラスを最低でも3つ持っていて、ボッテガのバッグにラップトップを入れる。伊勢丹で服を買い、クレジットカードの分割でカルティエの腕時計を買いたい。ウォークインクローゼットに並ぶハイメンテナンスな可愛い靴たちからその日の靴をどれにしようか悩み、ブッラータチーズをアボカドやベリーと朝食に食べる世界観。 「それで、その後コイスティネンはどうなったの?」意気揚々とおすすめの映画の話をしていた私に友人が親切に聞き返してくれる。そこで私は口をつぐんでしまった。映画の結末を忘れてしまったからだ。私は本当にいろんなことを忘れてしまう。"
63 0
1 year ago
「ジョッシュデュークについて何も知らないけれど」 ぼくたちがジョッシュデュークについて何も知らないのは幸運なことだった。
230 4
1 year ago
Article archive 虹色眼鏡 vol.15 「君は雨を見たことがあるか」 浮浪者が泊まる臭っさくて汚くてゲロまみれの安宿で違法に掃除しながらロンドンの霞を見てたころに書いた章。 仕事思い切ってやめて死ぬほど働いて半年で200万円貯めて、えいやと日本から出たけど地獄の円安だし家はないし、たまたま初めに泊まっていたホステルでオーナーが話しかけてくれたのが最初の1週間のことだった。 宿の子達はみんな多重な文脈を抱えていて、言葉が通じないなりにみんなで肩を寄せ合い、みんなは「早くこんなクソみたいなシチュエーションからはおさらばするんだ」と思いながら生きていたから、自分は何もできなくて悲しみに暮れてたのを思い出す。 CCRのHave you ever seen the rain(君は雨を見たことがあるか?)のメロディーと一緒に、ロンドンの情緒を書き綴っています。
54 0
1 year ago