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中村俵太 / HYOTA
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今年は🌸とはいかず、慌しく気付けば既に散り始めてた。障子も張り替えよう。春を大切にしている。
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1 month ago
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2月29日(閏日)中村実芽、2歳の誕生日おめでとう。 今年も2月29日という日は本当にやって来なかった。毎日一緒にいたはずなのに、気付けば赤ちゃん成分はどこいったの?ってぐらい、もうベイビーじゃない。 こんなにも無垢で輝かしい子供の成長を横目に、ひざ痛い、髪薄くなる、小さな文字見えづらい、わたくし、おじさんの退化の方は、これ以上何も奪わないでー、と止まる事を知らない。同じ時の流れにして、相反する世界よこんにちは。 と言いつつ、膝抱え、薄目でハゲ散らかしたとしても、生きる事が奪われなければ、そんな事は大した問題ではない。 今日もひとつの命は歳を重ね、家族で誕生日を祝い、あたたかな日であった。それだけで人生二重マルである。 実芽(ミメ)は、よく食べる 食べる事がとにかく大好きで、食卓に料理が置かれると、自らキッズチェアをよじ登り、誰よりも早く席に着く。 家族みんなの料理が並び終える前に、食べ始めるので、「いただきますは?」と聞くと、小さな手を合わせコクリと頷き、豪快に食事をスタートさせる。 口に運ぶものが“はじめての好物”だと知ると「おいしい」と言い満面の笑みを浮かべる。 人の“はじめて”を目撃する瞬間が、こんなにもたくさんあるなんて、よく考えたらすごい事だなと思う。 上手くは言えないが、子供のはじめての瞬間には光が含まれている。特別なものを見届けたような、でも些細で何でもないような。 もちろん上にも2人姉弟はいて、これまでも、そういった場面は多く見届けてきたが、何か、違ったものがここにある。 実芽が最後の子供だからだと思う。なぜ最後と感じているかは、理由はわからないけど、断言できる。 はじめてを見届ける最後であり、はじめての集大成。 子供を育てると親は言うけど、 育てられているのは、こちらだよと、でんぐり返しのくるりんぱ。 言葉が生まれ、意思が生まれ、この子は自分の事を、ただただ純粋に好きでいてくれるひとりの人間であると今は感じる。と同時に反抗期という絶望的なお祭りがやってくる事も、姉の歴史からも知っている。 その時はどうか、どうか、お手柔らかに。
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2 months ago
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2026年1月14日、中村樹根の9歳の誕生日おめでとう。 じゅねの通う学校は、誕生日の月に、親も招待され先生と子供たちが教室で誕生日のお祝いをしてくれる。 この日は、いつも魔法のような授業と感じる音楽の授業も見学する事ができた。 身体全体を使った音遊び、音を受け渡し、音を受け取る。 自分と他者の心に寄り添い、耳をそばだて人間性を築いていく尊い時間。本当に素晴らしい学びをさせてもらってると感じる。 先生がじゅねの普段の学校での様子を話してくれた。 明るくて、やさしくて、争わないと話してくた。 きっとお家でもそうなんでしょうね、と先生。 確かにそうかもしれない。 我々、その他の家族が、非常にハードコアでノイジーなもので、色々巻き込んでしまって気の毒に思いつつ。 いつも笑顔で一緒にいてくれてホンマありがとなって。 会の最後に親からも、お祝いしてくれたみんなに向けて、特技?出し物?を披露するのが恒例となっているのだけど、いくら考えても特技のひとつも出てこない。のんちゃんはバレエを習ってたのでV字バランスをした。 なんとか振り絞って考えたのが、学生の時にアルバイトしていた頃、レストランで大量のお皿を片手で下げるという謎行為をやってみた。 子供たちは何が始まるのか?わくわくきらきらとした目を向けてくれている。 机に12枚並べたお皿を順に手に乗せて片付けはじめる。 かちゃ、かちゃ、とお皿を重ねていく、あんなに騒がしかった子供たちが静まりかえっている。 途中「これ特技なの?」とピュアな野次入る。 これは、教室でおっさんが、只々お皿を片付ける姿を盛大に披露している状況、壮大にすべっている。 じゅねよ、特技ひとつ無い父でみんなの前で恥かかせてホンマごめん。 これからもよろしく、お誕生日おめでとう!
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3 months ago
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「不可能なクリスマス」 我が家のクリスマスは、25日、朝起きると、ツリーの下にプレゼントが置いてある。 きっとサンタクロースが置いていくのだと思う。 先ほど8歳のジュネは待ち遠しくテンション高く眠りについた。1歳のミメはまだ良くわかってないけど、これから何度も重ねていく喜びになるのだろう。 15歳になったタネちゃんには、もうプレゼントが届く事は無い。 年齢を重ねて、ものごとの成り立ちを理解しつつも、下の兄妹たちを横目に、なんとも言えない空気感を漂わせている。そんな所がまだまだ幼く純粋で良い部分と感じる一面なのだけど… 今夜、彼女がとある決意を固めていた。 「ウチ、今日ここで寝るから」 「今日」とはクリスマスの夜の事で、「ここ」とはツリーの真横のソファの事である。 つまり、サンタクロースがツリーの下にプレゼントを置く瞬間を見届けるという宣言なのだ。 実際、お風呂から出てくると彼女は、ソファに布団を敷いて本を持ち込み、長期戦に備えていた。今夜は長くなるぞ、と覚悟する。 サンタクロースの正体が両親だと思っているが、タブーに触れてはいけないと直接その事は口にしない。 その一方で、どこか心の片隅に信じている部分があるからこその行動なのかも?とも思ったり。 理由はわからないが、こうして謎の攻防のゴングが深夜に鳴らされたわけである。 「そこで寝てても良いけど、本当に来たら一応ちゃんとした挨拶しなきゃいけないし、気まずいと思うよ」 「シンプルに他人が深夜に家に入ってくるのは絶対怖いと思う」 「世界中にプレゼント配ってるから、汗とかすごいと思う」 思いつくサンタクロースのネガティブキャンペーンを繰り広げるも一向に止めようとしないので、一度諦めたフリしておやすみ!と部屋を出る。 次は怖がらせて、自分の部屋に戻す作戦を練る。 10分ほど泳がせた時間差で、リビングにあるBluetoothスピーカーで、いきなりソリの鈴の音を鳴らしてみる。 「今聞いた?」とわざとらしく部屋再度入るも、娘、爆笑。スピーカーも0にミュートされてて効果無し。 もうお手上げだ、どうすればよいのかミッション:インポッシブル。 「窓の外見て!」と、なけなし行き当たりばったりの発言してみたら、娘「えっ?まじか?」と言い出した。僕も内心、全く意味のない言動だったので、何の事がわからず「どうした?」と聞き返すと、「あの橋の上で緑と赤のランプが光ってる」 確かに大きな橋の上でクリスマスカラーが交互に光っている。 ここで娘、耳を疑う発言をする。「トナカイのソリじゃね?」 その時、タイミング良く「ブオーン」と言う音が聞こえて、2人で顔を見合わせ「トナカイの鳴き声じゃね?」となり、娘が動揺を隠せない感じで笑いながらソワソワし始めた。 これは良いぞと思い、「そろそろ配り始めたんだな」とかそれっぽい事を言ってみる。 娘、嘘か本当かわからないが、「本当に来た?本当にいるかもー!」とテンションになっている。(どうかしてるよ。) そんなこんな(どんな?)な話をしていたら、すっかり深夜2時。「ウチ、もう寝るわ」となり、自分の部屋に戻ってくれた。 よく分からないが絶対不可能な任務をやり遂げた感が凄い。 これで部屋の電気を消して、誰も居なくなれば、プレゼントを置いていってくれるはずだ。 ちなみに、赤と緑の光は信号機の光、ブォーンはトナカイの鳴き声ではなく、遠くの高速道路で走るバイクの音ね。 川から立ち込めた霧が町を包み、信号の光を幻想的に見せてくれたおかげだ。 全てはサンタクロースが見せてくれた魔法かもしれない。メリークリスマス 。
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4 months ago
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「素性の知れない20年と1日」 じゅねの髪を切りに行った。 生まれて初めて髪を切りに行った美容室がuneの英香さんで、本人も気に入って毎回お願いしていたのだが、今は産休中。どうしよう?と思っていたところ、家や学校生活でも支障が出てきて髪を切る事が急務となった。 素敵なおばさまが営むご近所の床屋さんで挑戦をしてもよかったのだが、行った事のある知り合いのお父さん達が、揃いに揃って角刈に仕上がった話を聞き、まだそのシルエットは早いなと、思いとどまった。 その時、ふと思い立ち、自分の行っている美容室に行けば良いのではないか?と。 20過ぎに東京へ出てきた時から、もう気づけば20年近く通っている美容室である。 渋谷にある男性がオーナーの美容室で、こんなに長く通う事になるなんて、当時は全く想像もしていなかった。 自分にとって髪を切るという行為は、脇汗が止まらないほど緊張する時間で、ケープで身体を覆われた瞬間、身動きできない脇汗自動発生装置と化すのだ。 鏡越しのフェイスオフ、両手を塞がれた身としては「会話」のみが有効な世界と知り、これは憂慮すべき事態だと脇汗スイッチが入るわけである。 「痒いところはありませんか?」の定型分に対しても「大丈夫です」の一言さえも喉を開く心構えをしていないと声すらも出ない。 そんなわたしが20年間、通っている美容室はどんな所かと言うと、「会話」をしない事が、限りなく自然に、限りなく雰囲気良く、シンプルなやり取りだけで成立するスペシャルな美容師さんなのだ。これは、はじめて行った時からそう感じている。 切られてる時も、まずは絶対的な信頼のもと、頭上で起きている途中経過は、ほとんど見る事はない。最後の後ろ姿を鏡で見せてくれる時にはじめて自分の姿を見ることになる。 その時は、相手の目を見て「ありがとうございます。良い感じです。」とだけ伝える。 今まで会話した時間をトータルしても、映画1本分にも満たないじゃないかなと思う。 その人に必要な接客を心得て接してくれているからこそ、こんなにも居心地良く通わせてもらっているのだと感じている。 本当はきちんとした感想を伝えたり、他愛のない話をすべきだとは思うのだけど、長く通い、長く満足する事で、無言の感謝を伝えているつもり。 前置きが長くなったが、自分が何者で、どんな仕事をして、どんな家族がいるかなど、ほとんどしゃべった事のない美容師さんに、20年間素性のわからない男が突然8歳の息子を連れていく。 何というか自分の内側、いや、キンタマ、いや内側をさらけ出すような気持ちになったのだけど、勇気を出して行ってきた。 髪の毛を切られている隣の息子を見守りつつ、この20年と、このたった1日を思う。 バラバラに流れていた時間がここで出会ったような不思議な気持ちだった。まるで、両端から掘り進めていた砂遊びの道がつながり、水が流れひとつの川となるように。 何かが流れはじめた音がした。 澄ませて聞いてみる。 これは脇汗が流れる音じゃないはずだ。
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5 months ago
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11月20日、のんちゃん、41歳の誕生日おめでとう! 「もう、気持ちが無い。」 この言葉を言われたのが、もう10年以上も前のこと。 当時、カミナリに打たれたようにハッとしたが、大して重く受け止めてはいなかったのだろう。その後も気持ちを裏切る事、たくさんしているように思う。 過去、言われた辛辣な言葉は他にもたくさんあるのだけれど、思い出すとツーと足元に涙の水源が完成予定。その涙、脈々と流れ、海原へ。これは海の誕生の話なの? 言葉はいつも本気だった。 振り絞るように、時に罵るように、 そしてまっすぐに、 いつも顔を真っ赤にして伝えてくれた。 小さい体のどこにそんなエネルギーがあるのだろう、掃除用具をへし折ったり、とにかく破壊の神となる物理的なパワーにも驚いたのだけれど、何より諦めない力が凄い。一体何を諦めていなかったのだろう。今はその諦めなかった先の景色に立っているのだろうか。誰もわからない。 迎え撃つ私の超人的な鈍感力と、別ベクトルの気と気がぶつかり合う死闘は、積み重ねられる年月と共に身を潜め随分と和らいでいるように思う。 伝えられた言葉に向き合い、ちゃんと心で傷付く事ができるようになったおかげかもしれない。 傷付くという事の対話。 向き合い、受けて、応えて初めて会話になるのだねって、猿人だったの私? というわけで、この恒例の反省構文は、そろそろ卒業しようと思う。その出来なさ人間をネタに身を隠し、冗談にし、ある種の居心地の良さを感じていたのだけど、心はかたちを変え、不思議な事に、今度は逆に居心地の悪さに変化してきた。これは何か人として次に進まないといけない時なのかな?どうなのかな?もうすぐ死ぬのかな?どうなのかな?どうしよう? のんちゃんに限った話ではなく、もう会うことのできない人や、もう謝る事ができない人もいる。 失うものはそばにある。 残せるものもそばにある。 この先、何を共に残せるか。 心と共にこれからもよろしくお願いします。
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5 months ago
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10月9日 中村花種さんの15歳の誕生日。 おめでとう種ちゃん。 ある日、種ちゃんが言った。 「何でパパと一緒に暮らしているのか、小さい時からずっと不思議に思っていた」 何でそんな風に思うの?と聞いたら、「ママはウチを産んだ、パパは一緒に暮らしてる、ただのおっさん」と。 ふへー、15年も共に暮らしてきた評価が、同じ屋根の下、同居するおっさんというのは、世にも奇妙な物語が始まりそうだよ、パラサイト。 確かに母親の出産という絶対的な結びつきに対して、父親との絆は、積み重ねていくものがなければ気薄なわけで… 子育てに積極的になれなかった20代の自責の念があるにしても、これまで15年ものたくさんの想いを重ねてきているはずなのに、しくしく。 そんな事もあるが、先日うれしかった事もあった。 高等部への進級の為、学校生活、進級の意思を問われる三者面談の際に、先生から将来やりたい事みたいな質問に、父親の仕事のような事に興味を持ってます。みたいな事を言ったようで、そういう事を普段は照れなのか?全く親には言わないので、うれしかったし、それを聞いた時、ここから巻き返せるものあるんじゃない?キズナの絆。 まだまだ可能性は50/50。おっさん半分、父親半分。 おっさん、そして父になる。
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7 months ago
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光なのか音なのか香りなのか、目に見えない不確かなものが、夏の終わりを告げています。 実芽とここに報告しておきます。
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8 months ago
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アナンに会いに森に行ってきた。 10年ぶりに来たけれど、 何も変わらない。なんて事はなく、あの頃とまた違った景色で森は迎えてくれた。 ひさしぶりの再会、どうやら23歳になったらしい。「スイカを食べ過ぎで苦しい」と、夏休みの小4男子みたいな登場をして、そのへんは相変わらずで安心した。 家に着くと早速コーヒーを淹れてくれた。 時を埋めるように色々おしゃべりをしてると、 ふと、「ホネイビさん」とアナンが言った。 一瞬、何の事かわからなかったのだけど、 オライビのお骨という、息子なりのポップジョークを飛ばしてきたので、それは、まぁまぁ面白いと、ぼくも気兼ねなく笑わせてもらう。 生前、あいちゃんにはイジられ、笑われ続けてきたので、このぐらい笑ってもバチは当たらないだろう。 ホネイビさんに、やぁ、ひさしぶりと、手を合わせ挨拶をした。また森におじゃましています。 敷地内に、新しくお店を作る為に絶賛作業をしているアナン。彼のインスタはDIY YouTuberと化して一体何屋さんなの?という感じだけど、またここからはじまる物語が楽しみだ。 鳥取のみんなにも会えて、変わらずの温かさに触れ、良き場所だなと改めて思う。 音楽小屋で演奏しているアナンの横顔にあいちゃんの面影も見つけた。 世界は諸行無常、自然や人、全て一定のものなんて存在しないが、人の心は変わらず残る。 変わらないもの、変わるべきものも受け入れて、また会いましょう。
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9 months ago
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今年も🌸
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1 year ago
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2月29日(閏日)中村実芽、一歳の誕生日おめでとう。 一年前と同じ季節が巡り、庭から見える木々は芽吹き始めている。季節の移ろいと寄り添い進んだ命。 実芽という名前をつけて、良かったと、この季節に改めて立ち思った。 出産の際は、自然や周りに目を向ける余裕なんて一切なく必死だった事をおぼえている。 気まぐれな神さま?人生の構成作家?その誰かしらがアドリブ効かせ過ぎて、どんな脚本よ、とツッコミを入れたい程のコントお産を繰り広げたのだけど、今ではすっかり笑い話となり、実芽が健康に迎えられた今日に感謝している。 第三子にして、おかしな話にはなるが、はじめて赤ちゃんを育てる人間にようやくなれたのでは?と思っている。自己採点だけど… 自戒の念を込めて話しておくと、第一子(種ちゃん)の出産の際は、妻も初産で不安が多くあったにも関わらず、ほとんど病院には行かず、非協力的だった。 そんな自分が今でも信じられず、憎たらしくぶん殴りたいし、自分自身を軽蔑している、そんな俯瞰したお前は誰?ってお叱りのDM来そうだけど、紛れもなくわたし。 子供を持つ自覚がないまま、そのまま、まぁまぁと自分を守り、お父さん風味でそれとなく、泣く泣く家庭をなぁなぁに生きる。それが当時のわたし。 いつも同じような反省ばかりの人生披露して、恥ずいが、これが真髄で、お家芸? 誰も聞いてない事を独り言のように放出しがちだけど、お茶碗の水をすくいあげて、ギリギリの水位、なんとか溺れないように自分自身を問い続け生きていきたい。わたしは無自覚な一寸法師。なんの話?こわい。 実芽は、目の映る全てに興味をもっているようで、家中を駆け回っている。いたずらもするようになった。掴まり立ちをおぼえ、もうすぐ歩けるようになるだろう、はじめて話す言葉を早く聞いてみたい。 成長は眩く儚い、戻らない一瞬一瞬をコツコツ見つめる日々。どうかこれからもよろしくbaby
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1 year ago
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「根の記憶」 2025年1月14日、中村樹根の8歳の誕生日おめでとう。 8年、共に生きた、 じゅねのこと、じぶんのこと。 我が家で唯一平和なひとよ。 家族内でたびたび勃発する愚かな争い。 いつも劣勢な立場にある者を見極め、弱き者に駆け寄り仲裁に入る、そのやさしさピースフル。 空気を読んでいるのか、達観してるのか。 あちらとこちらの境がなく、いつも心を寄せてくれる。 まんまるな瞳は今日も澄んでいる。 その目でこれから何を映していくの? 先日、帰省した際、両親と昔の話をしていたら、自分はあらゆる記憶がない事に気付いた。一緒にいた妻も驚くほどに。 なぜ記憶が残らないのか? その夜、布団の中で一生懸命考えたのだけど、羊がぐるぐる回りはじめ、しまいにはニットになっちゃって、絡まり気付けば眠っていた。 結局答えは見つからず、毛糸をほどいて、朝。 おはよう。(?) 生まれ育った懐かしい町は、冬の澄んだ空気もあいまって、どこかよそ行きで、しんしんぴんぴんしてた。 昔よく遊んだ公園にじゅねと向かい、一緒に野球をした。 かつて自分も子供だった影に、じゅねを重ねていた。 残したい記憶は目の前にある。 わたしのメモリー、忘れるな刻むのだ、クラウドハケチラズテラバイト。 まっすぐ、生きるじゅねを子供であっても尊敬している。 じゅねを通して世界をもう一度見つめたいと思った。 濁ってしまった大人の解像度で、同じ世界は見ることはできるのだろうか。 自分という謎を解き明かす。 テーマが生まれた気がした。 揺るがない根の記憶をじゅねと共に見つけていきたい。
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1 year ago
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