analog / tool

@analog_tool_think

別アカウント @analog_tool @analog_tool_inspiration @bbg.abstract.sculpture もよろしくお願いします。
Followers
1,458
Following
3
Account Insight
Score
27%
Index
Health Rate
%
Users Ratio
486:1
Weeks posts
AIの進化は、社会や経済における消費の在り方を大きく変えようとしている。検索やレコメンドはより精緻になり、ユーザーが気づく前に「最適な商品」が提示される。決済や配送も自動化され、買い物は極めて効率的な体験となりつつある。 この流れは経済合理性の観点から見れば望ましい。無駄を省き、消費をスムーズにし、市場全体の回転を速める。だが同時に、効率化は買い物が本来持っていた良さを奪いかねない。 それは、欲しいものに出会うまでの「時間」や「過程」、そして「手に入れた瞬間の高揚感」などである。社会学や文化人類学の視点から見ても、人間の消費行動は単なる所有欲の充足ではなく、時間やストーリーを伴った行為であった。ところがAIによる効率化は、こうした余白や偶然性を切り落としてしまう。さらに経済的側面では、AIが提示する商品は過去の購買履歴や嗜好データに基づく。結果として、ユーザーは「自分が知っている範囲の欲望」から抜け出しにくくなる。多様な選択肢があるように見えて、実際にはアルゴリズムによる同質化が進み、消費が画一化していく危険がある。 ここに リアルな場の意義が立ち上がる。効率の先にある「偶然の価値」を保証することだ。検索では出会えないモノに触れ、説明できない感覚に心を動かされる。その体験は、データには還元できない。 また、買い物は「時間をかけること」自体を肯定する。即決・即届の世界に慣れた消費者に対して、あえて待つ、迷う、探すことの提供。それは効率を逆手に取った新しい贅沢であり、AI時代だからこそ必要な人間らしい営みだ。 経済合理性と人間の感性は、ともすれば対立するように見える。しかし本来、両者は補完関係にある。市場全体が効率化へと傾くほど、「非効率の価値」を担う場所の希少性は高まる。 AIは効率を約束する。しかし、人間が本当に求めているのは効率だけではない。なぜだかわからないけれど心が惹かれる。その感覚こそが、これからの社会における最大の資本なのではないだろうか。
44 0
7 months ago
「センスは先天的か後天的か」 一概にどちらかというわけではないが 後者だとしたらとてつもない時間と労力を費やした先に宿すものになるのだろうか なんとなくできそうだけでできてしまうこの時代に 経験値などどうでもいいと言われそうで シビアな問いかけに一瞬言葉がつまる
50 0
8 months ago
ひとの目が気になるという人間性は良くも悪くも、身につけるモノに対する意識を作った。さらには身体そのものに対するケアにまでアプローチが進んでいる。さらに進んでその先の内なる精神性や態度のような部分にも意識が向いていくことになれば、おのずとひとの目なんて気にならなくなる!なんて考えてみたら綺麗に一周回って面白いね。
60 0
1 year ago
単なる瞬発的な視覚情報としてのアプローチでは無く、想像を掻き立てる、イメージを喚起する、思考を巡らすアプローチ。実際のリアリティを得る、その重要性を問うため、あくまでツール、手段としてその距離感、在り方を模索し続けています。だから服屋だけど直接的な服の情報、投稿がSNS上において極端に少ないのです。直接アプローチするのは実際の現場でやれば良い。そうじゃないと伝わらない事は山ほどある。服であれば着る人、モノであれば使う人、そういった人にフォーカスしたいから、互いに対話しながらその思考、表情、感性、熱量をやりとりする。それを共有したり探ったりするにしても長い時間や付き合い方が必要だと思う。やっぱり本質は現場にこそ宿る。それは人間がやる事なんだから変わらない、変えちゃいけないよね、きっと。
94 0
1 year ago
「なんとなく出来ている、出来てしまう」 という時代における可視化と承認欲求は確実に個人の表現を満たすに容易い。デジタル社会がもたらした門戸は確実に誰もが身近なものとして開かれている。果たしてその持続性、未来たるやいかに。
47 0
1 year ago
蒐集癖。あらゆるものに惹かれて集め出したきっかけもよく覚えていないのだが、いわゆる古着とか古物みたいな世界ってヴィンテージとか作家性とか歴史背景等の一部を除き、規則性が殆ど無いから、自分だけの価値とか評価が試されるというか。古着屋とか骨董屋とかに行くと、価値や価格設定みたいなものが店主の独断で決められてる事も多く、例えばそれが、趣向性や思い入れに反映されていたりしてスゴく良いなぁと思う。新しいものって、基本的に希望小売価格が始めから決まってるから、選ぶ方も少し安かったり、ポイントがついていたりする事とか購入を決定するまでに様々な要因に振り回されたりする。だからこそ、その決定する理由があくまでそのものと向き合った瞬間の直感的な自己判断に委ねられる世界がごく私的な審美眼を形成して行くような気がして、興味が尽きないのかも知れません。
70 0
2 years ago
巷に溢れるメディアの情報や広告に振り回されて、メゾンに憧れるものの現実的にはチェーンのファストに妥協する。どちらもボクから見れば異様な世界。よく考え、動いて見識を深めれば、自らの選択肢や最適解を発見出来る。ただ動いてないだけ知らないだけではあまりにも勿体ない。
49 0
2 years ago
必要かどうかは手にしてみないと分からない。 先の不安を憂うより今の高揚感を大切に。 何かを手に入れる事は自らの物差しを計る術。 そうやって前に進みながら自分とは何者かなんて考えるのも悪くない、と思っている。
96 0
2 years ago
生地とか糸とか縫製とか染めとか、もちろん大事って言うか、良いものには当たり前の前提としてあるわけです。そんな部分は寧ろ声高に謳わない方がモノは本質を語っているように感じる。謳えば謳うほどに価格の高さをも肯定してしまう様な雰囲気さえ仕方ないベクトルに向かうなんて正直ちょっとスッキリしない。 それよりもっと別の視点とかアイデアとか考え方とか、作り手や売り手のアイデンティティとか何故作るのかとか何故販売するのかとか何処にその価値観を見い出そうとしているのかが知りたいし、重要だと思う。 とはいえそういう人やモノは簡単には語ってくれなかったりするのだけれども。
105 0
2 years ago
ファッションのためのビジネス。ビジネスのためのファッション。 この違いが凄く大きな意味を持っていると思う。
81 1
3 years ago
っていうけれどこんなに曖昧な事って無いよなぁ。各々が今着てるモノにしても似合ってる似合ってないなんて聞いたところで聞かれたところで曖昧だったりするし。無論正解などある訳もない。 何かで見た、何処かで知ったなんてものは勝手に日々刷り込まれる情報の中では自らの意思とは無関係に何となくそう思いたいが為のものとして消化される。その上、はっきりとしない、あるのかないのかさえも分からない不安や心配に苛まれたりする。 結局は自分の心や気持ちの有り様だと思う。何をどう信じるのかを自身の中に宿せられるかどうか。よく分からない物事に振り回されぬよう、身近に感じる人達や友人、隣人との対話や付き合いを尊重しながら世間を俯瞰して捉えてみる。見過ごしがちだった足下を見る事によって、思わぬリアリティやヒント、出会いに遭遇したりするのかも知れないね。
85 0
3 years ago
何屋ですか? 今までに何度か質問される。 基本服屋です。 当たり前っちゃ当たり前に返す。 18年間続く歴とした服のセレクトショップである。だけど年々やればやるほど釈然としないところがある。 店を一望して頂けると服じゃ無いものもそこかしこに日増しに増殖していて、それが良くも悪くもカテゴライズ出来ていない。 そもそもセレクトする事やカテゴライズする事にどれだけの意味があるのだろう? 店がそういう事を明確にして、意味を持たせているフリをして、結果消費してもらう事が目的であるなら特に問題無し、でいいのか? それも何だか違う気がする。 服を着る事や物を集める事で自分を主張し、自分を知る事にも繋がってきたんだとしたら、その集積は自然と今の店に反映されていっているのだろう。 昔から自分をよく知る仲間からは あんたの家か?と突っ込まれる。言い得て妙だ。まさにそれか。 インターネットやSNSのおかげで、情報収集のみならず世界中の物がどこに居てもいち早くスムーズに入手できる時代。 だから出し手も受け手も気軽に手頃にオシャレでファッショナブルを享受できる。 いや待て、それってみんなおんなじ方向に行っているだけじゃ? だからといって無理に同じじゃない方向を向けばいいのか? そんな流れの中で右往左往しているうちに疲れて、そもそも服にしろ物にしろ飽きてしまってはいないか。 ファッションってもっとポジティブであるべきなのに。 いつも言ってるんだけれど、お店として服や物を提供する側としては、やっぱり物にフォーカスするより人にフォーカスすべきなように思う。リアル店舗なら尚更。 だからボクが今現在、運営するこの店はあくまで始めにも言った自分の集積ででしか無いわけで、それはヒトにしろ、モノにしろ、コトにしろ全ては自身の実体験から生まれた、ボクの現在地を示す思考とでも言うべき提案なんだと思う。 その思考とは、言ってしまえば社会や常識や流行といったものに対する日々の疑問であり、それらの疑問を少しでも解消する為にはやはりそれらから距離を置く必要があったように思う。だからローカルという選択は結果として今の自分にはしっくりくる。 セレクトとは商品を指す以上に自身が考えるスタンス、いわば姿勢にこそ、その意味合いが強く反映されるべきだと思っている。
205 0
3 years ago